「成長」のメタファーでもある
ルパン三世や未来少年コナンに崩れる橋を渡ってるシーンがあったが
まさにあれっ^^;
知的な理解と体が了解することの違いか…
それでも同じ水準でぐるぐる回ってても成長はないので
元に戻った時には質的に改善しているスパイラルアップのイメージが一番いい
パフォーマンス構造を元に原因と課題を設定し
どの部分が欠けても良いコーチングににはならないが
関西女子学生バスケットボール連盟1部リーグ所属MWU LAVYS Basketball Teamのヘッドコーチが
大学日本一という夢の実現に向けて日々登り続ける坂道の記録
バスケットボールのコーチングを心・技術・戦術・体力の側面から深く追求していきます
『Podcastで聴くコーチングのヒント 坂の上の夢の声』というタイトルのポッドキャスト で声の配信も行っています!
教員コーチのつぶやき
毎年研究室のドアに貼り付けてある年間カレンダーに日々✕印をつけ
「未来」を見据えながら「今」の「位置」と目標への「距離感」確認しながら過ごしている
学生の成長には時間がかかる
当然ながら今日やったことが明日の試合で使えるわけではない
できたという「発生」段階の「粗形態」から
場面に応じた「分化」や「定着」がみられる「精形態」を経て
技術の遂行そのものは前意識的に処理し意識は外部へ向く「自動化」がみられる「最高精形態」に到達するまで
個人戦術もチーム戦術も育成には極めて長い時間がかかる
プレイヤーの身体が覚えるというのは知的に理解するのとは異なる長い時間がかかる
既に要素となる個人技術や個人戦術やグループ戦術を「最高精形態」の水準で獲得しているトップアスリートが集まったチームに「チーム戦術の決定」と「短時間での合わせ」を経て「試合で実践」するような「即興させるコーチング」と
個人技術や個人戦術から育成強化していかなければならない段階の「創り上げるコーチング」では明らかに距離感が異なる
当然目標に至るプロセスも異なる
代表チームのレベルであっても
「創り上げる」タイプのコーチングもあれば
「即興させる」タイプのコーチングもある
どちらがフィットするかはプレイヤーの到達している水準の高さ
ということになるのだろう
全日本男子のコーチングに関して様々な意見が出されているが
ホーバスは「創り上げる」タイプのコーチングに強みがあるのだと思う
こういった現状のプレイヤーの質とコーチングのスタイルについて
きちんと議論をした方がいいんじゃないかなぁ
チームは明日から2024シーズンの最後の舞台が開演
勝負だ
問題解決型思考では
目標を明確に設定し
現状を正確に評価したら
問題は眼前に立ち現れてくる
と表現する
なので問題は「目標値と現在値との差」と定義することができる
ということは
問題には
①「あるべき状態を達成しようと取り組んだが悪い結果になってしまった問題」
②「あるべき状態を達成することに取り組んでいない問題」
の2種類があるということになる
①は「やったんだけど失敗したこと」が問題
②は「やらなかったこと」「やれなかったこと」が問題…
①と②はいずれも、あるべき状態と今の状態に差があるという点は同じ
でも
①はいわゆる具体的な失敗だから目につくので認識しやすい
しかし
②は具体的な失敗として目の前に現れてこないから「脳内であるべき姿を映像として流しながら目の前の現象を観察する」というか「目標の像と実際の像の2画面を重ねて違いを見抜く観察」ができない限り絶対に認識できない
そのため
問題解決は一般的に①への対応に偏ってしまうことが多い
目の前に具体的な①の問題が現れることは、スポーツ指導の場に限らず、仕事や日常生活の場の中でも頻繁に発生する
だから
①の問題に対応するときは、「今目の前に現れていない②の問題があるかもしれない」「今目の前に現れていない②の問題を解決したら、今目の前に現れている①の問題はそもそも起こらないかもしれない」などの可能性を検討した上で、「今目の前に現れてる①の問題に対応すること」の意義や重要性や必要性が認められる場合に①の問題に対応し始めるといった思考の習慣をつけたい
そうしないと
次から次へに現れる問題の渦に巻き込まれ、「問題だ問題だ……」ってなってしまう
問題解決力が高いという自己効力感があるほど、無意識に悪循環にはまり込んでしまう危うさがあることを理解しておく必要があるなと思う
トレーニングは目的をもって行うもの
だから「出したい成果」が先にあって「そのための手段」を準備するという順に考える
当然、トレーニング手段を実施した後は「出したい成果」が出ているかを必ず確認するもの
でも、そのトレーニング手段を実施したことによって「予想していなかった負の効果」で出ていることに気づくことは案外少ない
たまに「予想していなかった正の効果」が現れて
結果オーライなんてこともあったりする
コーチとしてこの「狙って出した正の成果」と「想定外に出た負の効果」と「想定外の正の効果」の3つを正確に評価する力というか思考というか習慣が必要だと思う
トレーニングは、刺激を与えて適応を意図的に引き出す行為だが
トレーニングによって与えられる刺激は、狙った刺激だけに限定されるものではなく
狙った刺激以外にも多様な刺激を持っているはず
そうすると適応は狙った刺激以外の刺激によっても当然引き出されているはず
コーチには「出したい成果」「引き出したい適応」っていう認知バイアスがかかるから
どうしても「想定していない成果」「想定していない適応」についての認知は甘くなる
「想定外の正の効果」はコーチにとっては大歓迎だし
「勝ちに不思議の勝ちあり」なんていうのは「想定外の正の効果」もその一因なのかもしれない
逆に「負けに不思議の負けなし」の一因になるような「想定外の負の効果」は常に意識して見極める習慣をつけておかないと「終わってから気づかされる」ことになる…
自分自身「通り過ぎてから気づいた」ことは山のようにあり
プレイヤーに対して言葉では言い表せない自責の念を何度も感じてきた
アシスタントコーチを得た2020シーズンからは
この「自分には見えにくい想定していなかった適応」をアシスタントコーチの目を通して意識的に確認するようにしている
そうすることで自分自身の認知バイアスを修正し
自分で3つの成果を見極められるように訓練していきたいと思う
球技スポーツにおいて「プレイ速度が速いこと」はそれだけで優位性がある
だからコーチもプレイヤーも「速く!」を強調して指導あるいはプレイすることが多い
25年以上前だが、大学女子バスケットボール界で当時最も速いバスケットボールを実現していたあるベテランコーチから「速さは技術だ!」と教わった
そのコーチは
「……チームはただ速いだけだ」
「……チームは速いだけで勝ってる」
「そりゃあれだけ走らせてたらそうなるよなぁ……」
「なんてよく言われるけど」
「だったら同じ速さでプレイしてみろ(させてみろ)」
「速くプレイしようとしたら一体何が起こるか……そう言うことを言う奴は本気でトライしたことないんだろ」
って感じでサバサバしてる
「速さは体力」ではなかった
自分もコーチとして「速いプレイ」を今でも追求をしているが
どうしても「速く」は「急ぐ」とか「慌てる」になるし
「正確な判断」や「よい選択」ができなくなり「未確認」で「止められないプレイ」になったり「シュートの精度が落ちる」といったことが多発する
また、そもそも論として「速く動くこと」は「スピードが速いこと」よりも
「加速度が高いこと」って感覚なのでプラスの加速度とマイナスの加速度があるわけだから
当然「急激に加速すること」と「急激に止まること」の両方が求められる
自動車でも「最高速度を上げる」ためには「ブレーキの性能を上げること」が必須だし
「ボディーの剛性を高める」ことも急激な加速/減速に耐えるためには必要不可欠な要素
速度を上げればそれだけ自動車のドライバーには「判断の速さ」と「判断の早さ」が要求されるし
高速運転中のハンドル操作には極めて高い熟練度が求められる
急激なハンドル操作は車の不安定さを生み出し大事故を引き起こす
高速で走る中では「時間的な制限」から「すべての情報源」に視線を向けることはできないので
「必要な情報源に視線を向け」「起こった時の対処法」とセットで「起こりうる可能性を常に先取りしながら」頭は高速回転している
また高速で走る中では「物理的な制限」によって「視野は狭くなる」から余計に「選択的注意」の精度の高さが求められる
毎年毎年「速さ」を追求していくなかで
「あの速さに到達できたかな」って思える日が1日でも早くくるように
加速力と減速力/体幹/スキルの精度/選択肢の精選と優先順位づけ/選択的注意/判断基準/早さ/…
そういったものを日々磨いていきたい
そして「速さは技術だ!」って自信を持って言えるコーチに自分もなりたいと思う
バスケットボールに関わる全ての皆様にどうしても考えていただきたいことがありこの投稿をしています 女子の大学カテゴリーですが1990年代からずっと現場で指導する教員コーチとしてどうしても考えていただきたいことです それは「強度(intensity)」についてです 歴史的にバスケ...