2011/06/30

ブルーベリー効果

懸案だった論文を無事提出
委員会の業務もなんとか一段落

冷凍ブルーベリーや
いただいたブルーベリー味のあめちゃんを食べて
眼性疲労も少し軽減

今日は跳び箱に跳び上がるジャンプトレーニングをしたら大笑い
小学生みたいにどうしても飛べない学生が3人!!
何度も跳ぼうとするんだが、いざ踏み込もうとすると・・・・

明日からエースセンターの二人がいない練習
1年と2年のセンターをその間なんとかして強化せねば!

2011/06/29

非難のコーチング

めまいがして頭痛がする毎日が続いている
先日の試合では、目が回ってしまってベンチにずっと座っていた
原因は眼性疲労だと思う

どうしてもこなさなければならない業務に追われ
コーチングがうまくできていない

イメージとプレーヤーの現実とのギャップに
つい非難の言葉が出る
つい言葉が汚くなる
つい壁を殴りたくなる(笑)

どんなに荒れてもコーチングはうまくいかない
非難のコーチングは悪循環のコーチング

ブルーベリーを食べて
明日から切り替えよう

2011/06/24

集中

自分の力を何かに集中させること

それができたら戦力になる
すべてを持っているプレーヤーはいない
みんな何か強みを持ちながら何か弱みを持っている

しかし何も持っていないプレーヤーもいない

だから
自分の力を何かに集中させろ

2011/06/22

コーチの哲学

コーチがプレーヤーを信頼するというのは
コーチの期待することをプレーヤーが「できる」か「できない」かという
プレーヤーの能力の問題ではなく
コーチがプレーヤーの持っている潜在的な可能性を「信じる」か「信じない」かという
コーチの意志の問題である

期待通りに動くから信頼し
期待通りに動かなければ信頼しない
というのであればそれは「条件付きの信頼」であり
「利用」という言葉に言い換えることができる
そのプレーヤーの行動とその結果がもたらす「利」のためにそのプレーヤーを「用いる」ということ

これに対して本当の信頼は「信用」という言葉に言い換えることができる
「そのプレーヤーがどんなに失敗しても私はプレーヤーを信頼する」
という立場をコーチがとりプレーヤーの無限の可能性を「信じて」「用いる」ということ

かつて初代の強化コーチが
「‘信じる’とは相手への期待ではなく自分への決意」と座右の銘に書いた
そして2代目のコーチも
「プレーヤーを信じる」という立場で日々プレーヤーに向き合っている

「試合の勝利」と「人間の育成」という二つの結果が求められるスポーツコーチングに身を置く人間として
二人の哲学を大切にGREEN LINERSを育てていきたい

2011/06/21

Daily menu

毎日繰り返すメニューがある

その練習が「できている状態」とはどんな状態なのか?

それがわからずに毎日繰り返しても成果は上がらない
Level5の状態
Level4の状態
Level3の状態
Level2の状態
Level1の状態
それぞれどんな状態なのか?
今自分はどのレベルの状態なのか?
できる人はどんな状態なのか?

それが自分で言葉に表現できるようになれば
きっと昨日の自分に今日は勝てるはず

2011/06/19

先生

バスケットボールに関わるバスケットボールを専門にしない教員ではない人との会話にはいつもいろんな発見があって面白い

会社では、新入社員から退職までのキャリアを積んでいく中で
平社員から始まり、係長、課長、部長、・・・・
と役職が上がっていくに従って、部下が増え、仕事の中身が変わり、出すべき成果や責任の重さが変わってくる

それに対して、教員は新卒でもいきなり「先生」になり
退職するまで「先生」が続く

部下が増えたり、仕事の中身が変わったり、出すべき成果や責任が変わってきたりしない
少しは変わるが、会社ほど劇的に変わるわけではない
一人一人が自営業のような世界

日本ではコーチの世界も同じ
下働きのようなアシスタントコーチから始まり、ディフェンス担当コーチ、オフェンス担当コーチ、ヘッドコーチ・・・とキャリアを積んだりすることも少なく
いきなり「ヘッドコーチ」になることが多い

バスケットボール界が何十年も停滞している現実
「先生」が「コーチ」
「先生」が「理事」
であることが多いバスケットボール界

組織としてミッションを定義し
組織としてミッションを達成するために
組織として活動していくことが必要なバスケットボール界

そんな活動と最も遠い世界にいる「先生」がしきるバスケットボール界

自分が「先生」でありながらも
本来は「先生」が「コーチ」や「理事」から離れる世界がくるのがいいんだと考える
そうすれば
「先生」が「先生本来の仕事」に従事すること
「コーチ」が「コーチ本来の仕事」に従事すること
ができるんだと思う

2011/06/18

コーチの理想とプレーヤーの現実

コーチの頭の中には「ああしたい」「こうしたい」「ああなって欲しい」「こうなって欲しい」っていう想いがいっぱい詰まっている
いわば妄想の世界・空想の世界

その想いとプレーヤーの想いがマッチすると幸せになる
その想いとプレーヤーの想いがミスマッチすると不幸になる

多くの場合コーチの理想の方が高い傾向にある
学生プレーヤーならなおさらその傾向が強くなる
それが現実世界

では、どうしたらいいのか?
そこが問題
コーチングには唯一の正解が無いことが唯一の正解

2011/06/16

慌ただしさの中で

日々の慌ただしさの中で
自分が何のために頑張っているのか見失うことがある
1日は誰にとっても平等に24時間
泣いても笑っても24時間
幸せでも不幸でも24時間
達成感があっても喪失感があっても24時間

Active Non-Action(不毛な忙しさ)という言葉がある
忙しい忙しいというわりに何の成果も上がらない状態

大学教員として
研究・教育・授業・学院業務・社会的貢献という5つの評価の柱
細かくみると
(投稿論文作成・査読)
(部長監督としての運動部指導・教員としての一般学生指導)
(学部授業・大学院授業・卒論指導・修論指導・実習長)
(委員長、委員・会議への出席・会議の準備)
(日本協会・県協会・学連)
家族の構成員として
夫・父

何か一つをやると他の何かができなくなる
何か一つを得ると他の何かを失っていく
それが不増不減

すべてをこなそうとすると
身が滅ぶ

時を分けて一つ一つこなそうとすると
時間が足らない

スーパーマンやウルトラマンなら
すべてを得られるのだろうか

2011/06/14

クリニックって病院ですか? その2

続きですが

「名医は患者の自然治癒力を引き出すように治療する」
「名医は不必要な手術や薬剤の投与を控える」
だとすれば
「名コーチはプレーヤーの自主性を引き出すように指導する」
「名コーチは不必要な矯正やアドバイスのし過ぎを控える」
となるのだろうか

正しいアナロジー(類比)かはわからないが
名医と名コーチをアナロジーで考えると見えないものが見えてくる気がする

患者を精密検査して病名をつけ、手術や投薬を行い、原因となっている部分の除去や症状の緩和をおこなう対処療法的な西洋医学
患者の体調を整え自己防衛機能と自己再生機能を働かせて自然治癒力を高める東洋医学

チームやプレーヤーの問題点を発見し必要な指導を施す対処療法的な西洋的コーチング
チームやプレーヤーの心と身体を整え自主性を発揮させる東洋的コーチング

名コーチになるにはどっちも必要なんだろう

2011/06/13

クリニックって病院ですか?

バスケットボールに関わるバスケットボールを専門にしない人から、
「バスケットボールのコーチ達が言うクリニックって何ですか? 病院と何か関係あるんですか?」って聞かれて、今まで言葉にならなかったことが初めて言葉になった

clinic=診療所、外来、診療室、病院、臨床講義 だから

バスケットボールのクリニックとは
コーチが「チーム」や「プレーヤー」の問題部分を診断し
その解決のために必要な指導を行うこと

だから、コーチが普段自分が指導していない外部のチームやプレーヤーに対して、一方的に自分のやっている中身を指導するのはクリニックではないということになる

名医は患者の問題点を見抜いて必要な治療を施す
診断も治療も一流なのが名医
ということは医者に「ヤブ医者」がいるように
コーチにも「ヤブコーチ」がいるということになる

バスケットボールの問題点を見抜くだけなら評論家にもできる
コーチは、問題点を見抜き、その解決方法を準備し、それを具体的に指導し、結果として問題点が解決できなければいけない

いつの日か、バスケットボールの問題をさっと解決する名医になれたらいいなぁと思った

バスケットボールを安全にプレイできる環境を求めて

  バスケットボールに関わる全ての皆様にどうしても考えていただきたいことがありこの投稿をしています 女子の大学カテゴリーですが1990年代からずっと現場で指導する教員コーチとしてどうしても考えていただきたいことです それは「強度(intensity)」についてです 歴史的にバスケ...