2017年5月14日日曜日

⑩ 勝ち切る(2回勝つ) win twice

守る→相手がシュートミス
これで防御側の勝ちか?

攻める→シュートを外す
これで攻撃側の負けか?

攻撃側がシュートミスしてくれても
そのオフェンスリバウンドを取られたら再び防御側に回らされる

攻撃側がシュートミスしても
そのオフェンスリバウンドを取れば再び攻撃側に回れる

だから
攻撃側のシュートミスではまだ防御側の勝ちは確定していない
攻撃側のシュートミスではまだ攻撃側の負けも確定していない

シュートを失敗させるだけでは確定しなかった防御側の勝ちも
そのリバウンドを取り切って初めて確定する

そんな当たり前のことを考えると
「勝ち切る」ってことの意味や大切さや隠れていた勝機が見えてくる

じゃあ
ディフェンスリバウンドを取り切ったら防御側の勝ちが確定か?

そうとも言えない

「ディフェンスリバンドを取った!」と思った瞬間のボールを
スティールやダブルチームで奪うことができれば
攻撃側はまだ勝ち側に回る機会を得ることができる

「リバウンドを取った!」って安心して
不用意にアウトレットされたボールや
不用意についたドリブルを奪うことでも
一瞬で攻撃と防御を入れ替えることができる

「シュートを決められた!」って慌てたりがっかりしたりして
不用意にインバウンドされたボールや
不用意にレシーブされたボールを奪うことができれば
一瞬で2回目の勝ちを得ることもできる

ドリブルで自分のディフェンダーを「破った!」って思ったドリブラーを
次のディフェンダーが奪ったり
ヘルプに動いたディフェンダーを見て「アシスト!」って思って投げたボールを
次のディフェンダーが奪ったり

「勝った」と思う「もう一つ先まで勝ち切る」こと
「負けた」と思う「もう一つ先で勝ち切る」こと

そういった「もう一つ先の戦い」まで
日々の練習の中でどこまで追求していけるか

そんな「しつこさ」「しぶとさ」「抜け目なさ」は
持って生まれた先天的な力ではなく
日々の練習の中で鍛えることができる後天的な力だと思う

近代バスケットボールの勝負は一回きりの戦いで決まるほど単純で淡白なものじゃない

バスケットボールは習慣のスポーツ
ゲームでは「いつも通り」のことしかできない

2017年5月12日金曜日

⑨ ニュートラルボール neutral ball

バスケットボールには攻撃局面と防御局面の2局面がある

基本的にはどちらかのチームが
「ボールを保持している間が攻撃局面」になり
「ボールを保持していない間が防御局面」になる

したがって
「ボールは常にどちらかのチームに保持されている」って思ってしまう

でも
「ボールがどちらのチームにも保持されていない瞬間」はゲーム中に案外沢山出現している
「シュートが外れてボールが空間に浮いている瞬間」や
「ファンブル等によってボールが空間に浮いたり床を転がっている瞬間」だ

拡大解釈すれば
「パスでボールが空飛んでる間」や
「ドリブルでボールがドリブラーの手から離れてまた手に戻るまでの間」だって
実際には「攻防どちらのチームのボールでもない」ことになる

そうすると
「どちらのチームのボールでもない」「ボールがニュートラルな瞬間(隙間)」はゲームの中で数限りなく発生していることになる

だから
「ニュートラルボールは絶対に自分のものにする」って思っているチームとそうでないチームがゲームをすると
攻撃回数・リバウンド数・スティール数・ターンオーバー数……
などに圧倒的な差が現れる
それは単純に技術力や体力の違いってことではなく
「すきま」の勝負の差なんだろうと思う

「ふっとした瞬間」の勝負
「ちょっと気を抜いた瞬間」の勝負

そういったことを「球際の強さ」なって表現することもある

古来から「リバウンド・ルーズ」の大切さは枚挙にいとまがないほど語られてきた

じゃあ振り返ってみて
「ニュートラルボールを絶対に自分のものにする練習」や
「ボールをニュートラルにする練習」が
日々の練習の中にどのくらい組み込まれているだろうか?
どんな練習の中にも「球際の強さ」を求めているだろうか?
あらゆる「すきま」に勝負を見出しているだろうか?

ゲーム中に
どんなに口すっぱく「リバウンド!!」「ルーズボール!!」言っても無駄

バスケットボールは習慣のスポーツ
ゲームでは「いつも通り」のことしかできない

2017年5月8日月曜日

⑧ 切り替え transition

攻撃→防御→攻撃→防御…
集合→離散→集合→離散…
通学→授業→練習→通学…

バスケットボールの練習や試合のありとあらゆるところには「切り替え」がある
「局面の切り替え」
「メニューの切り替え」
「行動の切り替え」
 ………
これらの切り替えは
戦術行動をより効果的にし
時間資源の活用をより効果的にする

それでも
バスケットボールに限らず競技スポーツ全般において
いや
競技スポーツに限らず人生全般において
最も難しい切り替えは
「失敗からの切り替え」だろうか

一度起こった失敗はどんなに考え尽くしても消えて無くなることはない
にもかかわらず意識が過去の失敗に留まってしまい
今その瞬間に集中することができなくなってしまうことがいかに多いことか

失敗そのものに意識が留まるだけじゃなく
未来の失敗に意識が飛んで不安になったり
失敗に対する他者の評価に意識が向いてしまったりすることも実に多い
これらは全て集中を阻害する要因

競技スポーツに本気で打ち込むことによって得られるライフスキルは数多くあるが
失敗からの切り替えはその中でも最も重要なスキルなんだとダブルゴールコーチングには書いてある

個人であっても
チームであっても
失敗からの切り替えを大切にし
今その瞬間を生きることを学び続けることができれば
失敗も成功のための一つの過程であったと言える未来にたどり着ける可能性が高くなる

でも
最も難しい切り替えは
「成功からの切り替え」なのかもしれない

失敗体験は「変化」や「挑戦」を生み出しやすいが
成功体験は「安定」や「現状維持」を生み出しやすいから

失敗と同じように成功も通り過ぎた過去の出来事
プレイヤーもコーチも「失敗体験からの切り替え」以上に「成功体験からの切り替え」の方が難しいことを自覚しておかなければ
成功の中に未来の失敗の芽が潜んでいることに気づけなくなる

一つのプレイの成功や失敗
一つの試合の成功や失敗
一つの大会の成功や失敗
一つのシーズンの成功や失敗
そういった一つ一つの経験からの切り替えを常に意識し
常に新しい挑戦を続けていく訓練を日々積み重ねていくことが
心技体の全てをタフにしていくのだろうと思う

バスケットボールは習慣のスポーツ
ゲームでは「いつも通り」のことしかできない

2017年4月30日日曜日

⑦ 継続 continuation

日本の国技に近い野球には、ピッチャーの1球ごとに仕切り直しが入り、攻撃と防御の間にも守備位置からダッグアウトに帰って来たり、ダッグアウトから守備位置についたりといった仕切り直しが入る

バレーボールやテニスみたいなネット型のスポーツなら、サービスでラリーは始まるけれども、どちらかのミスで一旦仕切り直しが入る

アメリカンフットボールも1攻撃ごとにハドルを組んで仕切り直し、4回の攻撃が1セットになってまた攻守交代の仕切り直しが入る

このプレイとプレイの間の「ま」が日本人は好きだったりするのかもしれない

ところがバスケットボールではボールがコートの外に出るか、ルール違反に対してレフリーが笛を吹くかしない限り攻防がとにかく途切れずに継続される

サッカーやハンドボールなんかも攻防は連続するが、それでも得点が入ったら一旦センターサークルでの仕切り直しが入る

そう考えると得点が決まってもとにかくゲームが流れ続けるバスケットボールって、本当に「継続」にその特徴があるんだなぁって思う

じゃあ
練習はどうしてるか? って考えてみると

案外「攻撃だけ」とか「防御だけ」とか「1プレイだけ」とかの単位で練習することが多かったりする
「野球で育った世代」の自分も例に漏れずそういった傾向が強いと思うし
「考えれば考えるほど」その「攻撃か防御のどちらか一面」だけを「真面目に」練習させることがよくある

攻撃だと「シュートを決めて得点をとる」ことが目的だから、「シュートを打つ」までは結構LIVEで戦い合うけれども、よく見ると、本当のゲームだったら「そのシュートを打った後に継続される何か」が「ゲームと同じように」練習されないまま「なんとなくフェードアウト」するような練習になっているケースが、この傾向に該当するんだと思う

攻撃練習中に「ミス」が起こった瞬間に「笛を吹いて練習をフリーズさせる」ことも「実際のゲームだったらそのミスの後に起こる何か」を「発生させないように」練習させていることになる

防御でも理屈は同じ
「シュートを打たせない戦い」まではLIVEでやってるけれども、「シュートを打たれた後の戦い」や「シュートが落ちた後の戦い」あるいは「シュートが入った後の戦い」まで、「ゲームで実際に起こる継続」を意識して練習できていないことが多い

全ての練習を「ゲームのように」練習することは難しいけれども
実際のゲームで起こる継続をどうやって通常の一つ一つの練習の中に仕込んでいくか?
それはコーチもプレイヤーも常に気を使っていなければならないこと

攻撃の練習だったらその後の防御を数秒間だけもゲーム的に仕込んでいく
防御の練習だったらその後の攻撃を数秒間だけもゲーム的に仕込んでいく
それは1on1→5on5までどんな練習でも同じなんだと思う

「ミスの瞬間にフリーズさせる」ことと「ミスの後のリカバリーまでを練習させた後にミスを振り返る」こととのバランスを、コーチが試合の近さによって変えていかなきゃいけないんだろう

「しっかり練習できた」と思ってゲームに臨んだら
「練習したことと練習したこと」の「隙間」や「つなぎ」の部分で勝負が決まったりする苦い経験を、コーチなら誰しも経験したことがあるはず

「攻防のある一面を真面目に練習すればするほど」あるいは「ミスを細かく止めて練習すればするほど」「実はゲームとは違う習慣が身につくように訓練している」「コーチの自己満足」になっていたということに、「試合が終わってから気づく」といったプレイヤーに申し訳なく思い反省する経験を繰り返しながら、コーチもプレイヤーもチームも少しずつ成長していくのかもしれない

バスケットボールの特徴は「継続」にあるからこそ
「試合を変えたかったら練習を変える」しかない
「練習方法には必ずその方法の良さと悪さの両面がある」わけで
「育てたようにしかチームは育っていない」のがコーチングの現実

そんなことをわかった上で「継続にこだわるコーチの工夫」が
「隙間」や「つなぎ」で勝ち切っていくタフなチームの習慣を育てていくんだと思う

バスケットボールは習慣のスポーツ
ゲームでは「いつも通り」のことしかできない


2017年4月27日木曜日

⑥ 連動 linkage

バスケットボールは5人が一つのチームとなって戦う集団スポーツ
だからゲームを「個の強さ」と「チームの強さ」の両面の視点で見なきゃいけない

「1+1+1+1+1=5のような戦いではなく1+1+1+1+1>5になるような戦い」
「ケミストリー」
なんて書くとなんとなくカッコ良くてわかったような気になるけれども

じゃあそんな「個が集まった集団」が「個の総和以上の戦いができるチーム」になれるような「チームの強さ」って具体的にはどんなことなんなんだろうか

攻撃面なら
「協力してシュートチャンスを創り出せているか」
「協力してプレッシャーリリースできている」
「個の強みを生かすように協力できているか」
「個の弱みを補うように協力できているか」
「個のミスをチームでカバーできているか」
「チームで狙いが共有されて動けているか」
「チームで空間的かつ時間的に合った動きになっているか」
「味方の動きを邪魔するような動きになっていないか」
「味方のシュートを予測してリバウンドやセーフティーに動けているか」
「カバーしてもらった個が次のカバーに動いているか」
 …

攻防は表裏一体なので防御面なら
「協力してシュートチャンスを潰せているか」
「協力してプレッシャーをかけることができている」
「個の強みを生かすように協力できているか」
「個の弱みを補うように協力できているか」
「個のミスをチームでカバーできているか」
「チームで狙いが共有されて動けているか」
「チームで空間的かつ時間的に合った動きになっているか」
「味方の動きを助けるような動きになっているか」
「味方のブロックショットを予測してリバウンドやヘルプに動けているか」
「カバーしてもらった個が次のカバーに動いているか」
 …
などだろうか

Key wordは「連動(Linkage)」
言い換えると「自分の動きと」「味方の動き」が「繋がってる」かどうか

そんな戦いができるチームになるために
コーチにできることは何か?
プレイヤーにできることは何か?
チームで言葉にして共有することから

その今 目の前の練習「繋がってるか?」

バスケットボールは習慣のスポーツ
ゲームでは「いつも通り」のことしかできない

2017年4月23日日曜日

⑤ 状況判断&意思決定 situation judgment & decision make

バスケットボールは「見て・判断して・プレイする」が大事って言うけれども
これって本当なんだろうか?

バスケットボールなんだから「状況判断」が大事
それはわかる

でも
何かが足りない
というか
何か誤解してるんじゃないか?

ずっとモヤモヤしていた

高速でゲーム状況が変化する近代バスケットボールで、単に「見て(watching)」「判断して(situation judgement)」「プレイ(decision make)」しようとしても、ゲーム状況の変化や複雑さについていけず「先手」なんてとれない

ついていけたとしても
「反射的」に「判断」して「選択」したプレイが
そもそも自分が「意図したもの」や「練習してきたもの」や「強みを生かしたもの」になるかどうかはわからない

それができるのは相当な力の差がある場合だけなんじゃないか

逆に
「場面を正確に認知し、その場に応じた最適なプレイを選択していく」という思考方法をとろうとすればするほど、結果的に選ぶプレイは「場面にはふさわしい」けれども「自分の強みの発揮」とは必ずしも一致しなくなるというジレンマに陥ってしまう

「見て・判断して・プレイする」ってフレーズを無批判に「良い戦術的思考方法である」と受け入れ、その思考方法が習慣化すればするほど、「選択するプレイは状況に適しているかもしれないが、判断と選択という枝分かれを繰り返していく中で、どこか弱い・集中度の低い・練習量の少ないプレイ」になっていく

そうではなく
「まず最初に自分の最も強い・得意なプレイを仕掛ける」って決めた上で
「そのプレイができるのかできないのか」を「見て・判断して・プレイ」したり「そのプレイができる状況になるようになるように逆算で仕掛けていく」といった思考方法でプレイした方が、結果的には自分の「おはこ」に持ち込むことができるようになる

強みを徹底的に仕掛けて
それが100%できないほど完全に抑えられたとしたら
それは軽く裏のプレイを仕掛けることができるということでもあるはず
そうすればプレイはいたってシンプルになる

「何をするかわかってるけれども止められない」プレイヤー
「気がついたら得意なプレイでやられる」プレイヤー
っていうのは
「判断と選択という分岐を繰り返し」「枝分かれした先の正しい選択肢」を「探して」プレイしてるんじゃなく
「自分が最終的にやりたいプレイ」に「なるようになるよう」に「状況を逆算で創り出して」プレイしているんだと思う

「場面に最適なプレイを選択していく」という思考から
「得意なプレイができるように場面を創っていく」という思考へ

④ 読み(予測) anticipationにもあるが
徹底的に先手が取れるように強みであるプレイを仕掛けていくタフさは
思考習慣から見直す必要があるのかもしれない

バスケットボールは習慣のスポーツ
ゲームでは「いつも通り」のことしかできない


2017年4月13日木曜日

④ 読み(予測) anticipation

バスケットボールでは攻撃でも防御でも「先手」をとろうと思ったら「読み(予測)」は不可欠

目の前に現象が現れる前に「そうなる未来」が見えてプレイしているプレイヤーと
目の前に現象が現れてから「今に反応して」プレイするプレイヤーが戦えば
勝敗は戦う前から明らか

知らない街を自転車で走ると
その角を曲がった先に何があるか……なんて
曲がってみなけりゃわからない

でも
知ってる街ならその角の先に何があるか……なんて
曲がる前から頭の中にある

だから
「危ない」場所も「安全な」場所も「楽しみな」場所も
「見る前からわかってる」

バスケットボールの読みって
そんな街を自転車で走り回ってるのとよく似てると思う

頭の中に街の地図を作るには
とにかく街を走り回っていろんな場所を見て周る根気の要る方法もあれば
最初に地図を買って街の全体像を俯瞰してから確認するように街を走り回る効率的な方法もある

知らない街を走り周るドキドキ・ワクワク感も
それが旅(たび)なら楽しみの一つになるけれど
それがバスケットボールなら話は別

旅を楽しむようにバスケットボールをプレイする
目の前に現れた現実に反射神経してるだけの「いきあたりばったり」のプレイヤーが
ハイスピード&ハードコンタクト化する近代バスケットボールにおいて
地図を持って未来を既に知っているプレイヤーに対して「先手」が取れるとは思わない

だから
日々の練習でプレイの地図を頭の中につくって土地勘を磨かかなきゃ
いつまでたっても試合が旅になってしまう

バスケットボールは習慣のスポーツ
ゲームでは「いつも通り」のことしかできない

2017年4月9日日曜日

③ 超攻撃的 super aggressive

バスケットボールには攻撃局面と防御局面がある
だから「攻撃的」という言葉は攻撃時に心がけること
そう考えるのが一般的なんだろう

攻撃の目的は
勝ち試合の終了間際には「時間を使うこと」が目的になることはあっても
基本的には「ゴールすること」が第一の目的になる

したがって
全ての「カット」「パス」「レシーブ」「ドリブル」「スクリーン」……は
「ゴールすること」やそのための「シュートチャンスを創り出すこと」に直結していることが理想

ところが実際にはそう単純ではなく(と考えてしまっているだけだが)
ゴールやシュートチャンスの創出に直結しないプレイや
ゴールすることを意識していないプレイがそこら中で発生する

かつて
そういったオフェンスの消極的行動は
ディフェンスの「反撃行動」を生み出す
という稲垣先生の研究論文に出会った
防御側が攻撃側の消極的行動に付け込んで反撃行動にでる!

その時から
「攻撃的」という言葉は攻撃時だけに大切なものではなく
防御時にも必要なんだと思うようになった

では
防御時に攻撃的になるとは一体どういうことなのか?

それはやっぱり
「ボールを奪うこと」を狙うことなんだと思う

「守る」意識で防御していても攻撃側に先手を取られ
対応している間に結局はやられるだけ
そんな「守る」意識を捨てて「攻める」意識を前面に出す

ディナイも「持たせない」ではなく「奪う」
ボールディフェンスも「自由にプレイさせない」ではなく「奪う」
ブロックショットも「打たせない」ではなく「奪う」
ヘルプディフェンスも「カバーする」ではなく「奪う」
リバウンドも「取らせない」ではなく「奪う」

全ての攻撃行動を「ゴールすること」から
全ての防御行動を「ボールを奪うこと」から
見つめ直してみると
「攻撃的」な行動が次々に生み出されていく
そしてそれに「超」がつくくらい徹底的にやる
攻撃練習も防御練習もお互いが「超攻撃的」にやる
そんなバスケットボールの実現を目指したい

バスケットボールは習慣のスポーツ
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2017年4月7日金曜日

② ハードコンタクト hard contact

バスケットボールも種目の特性が変わったんじゃないかと思うくらい身体接触が増えてきている。

「タフなゲーム」と「ラフなゲーム」の違いすらよく分からないままフィジカルコンタクトの量と強度だけが上がっている現在のバスケットボール。その波は女子の世界にも押し寄せてきている。それが「いいこと」なのか「わるいこと」なのか現場の一コーチにはわからないが、この傾向がここ10数年とくに顕著になってきていることだけは確か。

そのため「タフ」なチームを作るにはフィジカルコンタクトを「日々」「訓練」することが必要不可欠になる。「カット時」「ポジショニング時」「レシーブ時」「ドリブル時」「フィニッシュ時」「ボックスアウト時」「リバウンド時」「踏切時」「着地時」……ありとあらゆるところでのコンタクトを想定し、それに備えておく訓練が必要になっている。

コンタクトの訓練を怠ると、それが試合中に「ターンオーバー」として現れる。それでもターンオーバーだけで済めばいいが、選手生命を脅かす「大怪我」につながる危険性がある以上、コーチは「タフなゲームを目指しながら、ラフなゲームも戦えるチーム」づくりをする必要がある。

でも、ただ単純に「ぶつかること」「高い強度」「攻防練習」を要求するだけでは怪我のリスクは減らず、逆に練習中や試合中の怪我のリスクは増える。

まずは「怪我のリスクを下げる股関節や体幹の動きを整えること」を「シングルタスク」として「意識すればできる段階」に訓練し、次に「デュアルタスク」として「別な課題を意識していても股関節や体幹の動きが乱れない段階」まで高めていく根気のいる時間のかかる作業を、毎日毎日繰り返していくこと以外に方法はないと思う。

バスケットボールは習慣のスポーツ
ゲームでは「いつも通り」のことしかできない

2017年4月4日火曜日

① ゲームスピード game speed

練習で要求される「ゲームスピード」

それはただ単純に「トップスピードの速さ」を求めるということではなく
「試合で使う速さ」のこと

そこには
「相手を惑わすわずかなスピードの変化」
「技術を変化できる速さ」
「瞬間的な加速の鋭さ」
「急激なストップや減速」
…などといった多様な視点が含まれている

どんな練習方法であっても
問われるのは
「そのスピードは試合と同じか?」

バスケットボールは習慣のスポーツ
ゲームでは「いつも通り」のことしかできない

2017年4月2日日曜日

ToughなチームのGood Habitを作り上げる10箇条

ToughなチームのGood Habitを作り上げる10箇条
① ゲームスピード game speed
② ハードコンタクト hard contact
③ 超攻撃的 super aggressive
④ 読み(予測) anticipation
⑤ 状況判断&意思決定 situation judgment & decision make
⑥ 連動 linkage
⑦ 継続 continuation
⑧ 切り替え transition
⑨ ニュートラルボール neutral ball
⑩ 勝ち切る(2回勝つ) win twice

Shadow:相手をつけない動きづくりの練習
Dummy:相手を置いての動きの練習
Decision Make:相手の対応を予め設定しておく判断を伴いながらの練習
Live:制限なしの実戦練習
SDDLのどの練習方法であっても守るべきもの
どれも優劣なく大切なもの


どれか一つでも抜ければ「ぬるい」「ゆるい」「あまい」チームになってしまうもの

2016年6月29日水曜日

今日はトレーナーの幟さんによる
『活躍できる選手としてのメンタルタフネス』
 のワーク

自分に向きあうこと
他者に関心を持つこと
互いにリクエストしあうこと

機会を創ることで本気や本音も見えてくる
浅さも深さも全て現時点での本当の姿

地に足つけて
自分の内側へも外側へも想いを深めていって欲しい



2016年3月23日水曜日

学生スポーツだからこそ

4年間で終わりが来る学生スポーツだからこそ
これまでは「チームの力は4年生の力」ってずっと言ってきたなぁ

その延長線上で
1年生:持ってるものを100%出し切る
2年生:チームのルールの中で自分の持ってるものを100%発揮する
3年生:結果に責任を持つ
4年生:後輩のカバーをする、チームの方針を決定する役割を担う
ってやってきたが、今年から一段上げなきゃダメだな

1年生:チームのルールの中で自分の持ってるものを100%発揮する
2年生:結果に責任を持つ
3年生:後輩のカバーをする、チームの方針決定にも積極的に参画していく

となると4年生が担う役割とは何になるのか?
って考える……

「徹底する・徹底させる」「コーチの役割も担う」かなぁ

2016年3月1日火曜日

道草・寄り道・回り道

2017年のユニバーシアードへ向けた選手選考合宿が始まった 今回からAssistant Coachとして参加することになった

20代の後半に日学強化に関わらせていただいた時代があった
それでも当時は◯◯大学と△△大学との確執が……って時代で
「おまえは△△大学の味方をするのかぁ!」って言葉が平気で飛び交い
選考会にコーチとして参加する自分や
選考会にプレイヤーとして参加する学生の
辞退願いを自分で書かされて参加を取り止める
へんな時代だった

その頃にプレイヤーだった学生が今はコーチになり
今回共にAssistant Coachとして世界を目指していくことになった
不思議な縁の巡り合わせを感じる

道草・寄り道・回り道
なんともまああれから20年も時が流れているんだと思うと
時の流れの早さに愕然とすると同時に
未だ何もなしていない自分の今に苛立ちを感じる

それでも48歳にしてまた機会をいただき
学生代表として召集された候補者をながめると
様々な場面で当時は見えなかったものが一杯あったんだろうなぁってことに気づく

Assistant CoachとHead Coachを行ったり来たりしながらここまで来た
へんてこりんなコーチング人生だなぁと思う
でもそんな経験の自分だからこそ
若きHead Coachの思い描く理想のバスケットボールを実現できるチーム作りを
サポートできることがあるはず

MWU LAVYSのチーム作りと学生代表の活動をどう両立させていくか
それは非常に大きな課題ではあるが
とにかくベストを尽くすしかない

2016年1月14日木曜日

Single Task Drill とDual Task Drill の意識の向く方向













通常のドリブル練習(Single Task Drill)

 意識はドリブルをついている自分自身の動きに向けられる
 「正しいメカニズムで動いているか?」

最近よく行われるテニスボールを使ったドリブル練習(Dual Task Drill)
1)二人組で相手がボールを投げる方法
 意識は投げられたボールを取る動きへ向けられる
 ドリブルそのものから意識は離れる
 ----------
 *その場にステイするがスタッターステップで足を動かしながら
 *ドリブルで進みながら

2)一人で壁にぶつける方法
 投げるという動作に意識は向けられる
 当然壁から跳ね返ってくるボールを取る動きへも意識は向けられる
 ドリブルそのものからは意識がずいぶん離れる
 ----------
 *その場にステイするがスタッターステップで足を動かしながら

1)と2)のどちらも以下の3段階でレベルアップすることになる
(1)ドリブルをしている逆側の手でキャッチする段階(level 1)
   crossoverはしない
(2)ドリブルをしている側の手でキャッチする段階(level 2)
   crossoverはsingle moveだけ
(3)ドリブルをしている逆側の手でキャッチする段階(level 3)
   crossoverはcomboで2つの技術を組み合わせる

「文章を読みながら音楽を聴く」というDual Taskを脳は行うことができない
脳の中の同じ領域で行うTaskだから
でも、「ドリブルしながら○○する」というDual Taskは可能
脳の中の違う領域で行うTaskだから

バスケットボールは「見て→判断して→プレイする」競技
「ドリブルをSingle Taskとして練習し、意識して正しいメカニズムを身につける」ことが大事であると同時に、「ドリブルをDual Taskとして練習し、無意識にその正しいメカニズムが実行できるように訓練する」ことが大事

私は「どっちも大事」だと思う

チーム全員で行うチーム練習の中で実施しなくても
隙間時間でどんどん練習できるDual Task Drillは多い
Youtubeを探せばたくさん動画が観れる時代

課題を自分で設定できて
その解決のための手段を自分で準備できて
成長を自分で実感できれば
自分一人でもどんどん上手くなる

自分で自分を成長させていけるプレイヤーは自主練習を継続していく
やればやるほど上手くなる「必然の上達」のサイクルに入るから

2015年9月3日木曜日

「機能体」と「共同体」についての問いなおし・学びなおし

堺屋太一氏の「組織の盛衰」という本を20代の前半に読んだ
すごい本があるもんだと思った
「組織論」なんて領域があるんだってことにも驚いた

組織には「機能体」と「共同体」があると学んだ
機能体は目的達成を追求する組織(典型例:軍隊)
共同体は構成員の満足を追求する組織(典型例:家族)
どんな組織でも両者の「いずれか」に属するもんだと思っていた

コーチングを初めてまもない頃のそんな学びから
大学という教育機関の中であっても
競技スポーツを戦うバスケットボール部は
勝利という目的達成を追求する組織なんだから機能体と捉えるのがいいと考えてきた

構成員には勝利という目的に対して「貢献」できる「機能」が最も重要であり
「役に立つ」人材を「役に立てる」場所に配置する適材適所が
コーチングの鍵だと思ってきた

プレイヤーの評価には「役に立つか?」「使えるか?」「できることは何か?」「強みは何か?」という「能力」や「実績」が重要であり
それが組織の「強さ」を実現するためには必要不可欠であると考えてきた

機能体である以上組織の目的を達成するためには
構成員に辛い思いを強いることも必然であり
組織が「仲良しクラブ」になることをずっと警戒してきた
「機能体の共同体化」は「組織の死に至る病」の一つであると


40代もあとわずかになったこの数年
NO LOVE NO TEAMというサイトの記事に触れる機会が多くなった
コーチングを見直したり強化したりするためのヒントがある

自分自身の「認知の仕方」にはある一定の特徴・歪みがあり
そのことがいつもチーム作りの障害になっていることへの気づきあった

「緊張」や「不安」が渦巻く心を整えるためのメンタルスキルのヒントもある
自分自身が読むだけでなくプレイヤーに紹介したりもする


そんな中でふとこのサイトではチームを「共同体」と表現していることに気がついた

NO LOVE, NO TEAMの目指す理想の「チーム」とは何か
に書かれている

  • あなたのチームはあなたを幸せにしているだろうか? あなたの仲間は幸せだろうか? 多くのチームがやり方を間違っている。NO LOVE, NO TEAMは間違ったやり方を除き、個人個人を大切にする方法で、すべてのチームをよいものにできると信じている。
  • 組織の中で傷つき疲れ果てる人間を一人でも許すかぎり、チームは素晴らしいとはいえない。

などの言葉はこれまでの自分自身の組織のイメージに ?? を突きつけた

  • 成果はチームに結束と成長をもたらす。成果を目指すから成長が促され、成果によって結束は確認され、成長が実感される。そして成長した優秀な人材と結束こそが、更なる成果を勝ち取るために必要なものだ。「成果」と「結束と成長」は鶏と卵の関係にある。
  • だがチームには成果をあげるための競争相手がいる。それは自然だったり、他のチームだったりする。だから、ときにチームは合理性を極限まで追求しようとする。そうしなければ目的が達せられないからだ。究極の場合、チームは結束と成長を度外視する。成果がなくてはチームは存続できないが、結束と成長は一時的に棚上げできないことはないからだ。これがチームから「 愛 」を奪うもとになる。やり方を違えてしまう原因になる。鶏さえいれば、卵には目を瞑るというわけだ。
  • チームが結束と成長を放棄すると、個人はチームの中で責任を負わされて分断される。その代わり、誰の目にも合理的にわかりやすく成果へと辿りつく道筋が理解される。何が悪いのか、何が成果を妨げるのかという問いに答えるのが簡単になる。「あいつが悪い」という言葉で、リーダーの仕事はずいぶんと楽になる。個人を大切にしないやり方でも、チームは成果に迫ることができる。たとえそれが、その場しのぎであろうとも。
  • この方式で長いあいだチームを保つことはできない。個人が犠牲にならなければ達成できないやり方を掲げた時点で、チームはその破綻を約束されている。狩りに出るたびに誰かを生贄を捧げる共同体が存続する道理はない。脳に酸素を取り込むという目的のために、手足が壊れていくのならその人は長く生きることはできない。チームの永続性のためには、誰かを犠牲にしてはならない。
  • チームは言うかもしれない。人には替えがきく、ダメになったら入れ替えればいいだけだ、と。このやり方でもチームは存続できる、と。しかし成果をいくらあげようとも、チームに結束も成長ももたらされていないのであれば、それは停滞と破滅への道だ。個人は必ず大切にされなければならない。
  • 勘違いしてはいけない。成果や結束や成長のためにチームがあるのではない。個人が「あなたが必要だ」という声を聞くために成果や結束や成長が必要だから、それをチームが大切にするのだ。TEAMの中には「 I 」がなくてはならない。チームは個人の集合体なのだと忘れてはいけない。一人ひとりを大切にする「愛」 がなければ、それはチームとはいえない、ただのグループであり、システムだ。そしてこのようなやり方は本質的に人間のものではない。これでは人々を繋げることはできない。
  • 私たちは個人を、「 I 」を大切にするやり方で成果に迫っていかなければならない。それでは目的を達成できないと人は言う。いや違う。これは人間のパフォーマンスをもっとも高めるやり方だ。だが少しだけ工夫が要るために、どうするべきかわからなくなり、人が分断されるやり方を好んでしまうチームが多いのだ。

とたたみかける

組織について改めて問いなおす機会・学びなおす機会なんだろうなって感じた

よく考えてみると
チームにとって「勝利」は「目標」ではあるけれども「目的」ではないなぁ……

ジョン・ウドゥンも「成功とは、成り得る最高の自分になるためにベストを尽くしたと実感できることからくる心の平静である」と定義しているし
JBAの指導者育成委員会でもコーチングフィロソフィーの最初の違いのスライドで「勝利(win)」≠「成功(success)」であることを伝えようとしている

MWU GREEN LINERSも「プレイヤーとしての成長」と「人としての成長」の二つの成長を目指すと掲げているよなぁ……

アドラーも「貢献」ではなく「貢献感」が人の幸福感にとって重要であると言っている……

まだまだうまく整理できないけれども
「勝利」という「成果」を追い求めながらも
 構成員一人ひとりに「成長の実感」が得られる組織
 構成員一人ひとりに「貢献の実感」が得られる組織
 構成員一人ひとりに「感謝の実感」がえら得る組織
 が求められてるんだろうな

どうしても「分析思考」が強い自分は
様々なことを分けて理解してしまうたちなのだが
組織を「機能体」と「共同体」に単純に分けて捉えることをやめて
機能体に「共同体的要素」をうまく組み込み
組織に「強さ」だけでなく「固さ」も創り出していけるコーチングができたらいいなって思う

これから長いリーグ戦が始まる
一戦一戦に勝利という成果を必死で追い求めながらも
構成員の成長とチームの結束を実現していけたらいい

それが50代へ向かう今の自分が目指すコーチングの姿

2015年6月24日水曜日

原則で解決する

混戦型の球技だから
当然いろんな場面が起こる

予想される場面もあれば
突然出くわす場面もある

よく起こる場面に対しては
チームとしての対応策を考える

それでも
起こりうる場面全てに合わせて
いちいち対応の「形」を決めていたんではらちがあかないから

できるだけ
「原則」で解決したい

原則にしたがって動くことで
「結果的に形が生まれる」
ような対応ができるチーム創りがいい

「簡単なことは原則で解決できる」
「複雑なことは臨機応変に解決する」
では非常事態にバラバラになる

「複雑なことだからこそ原理原則を持って事にあたる」
ことで非常事態にこそ協力の質が高まるんだと思う

2015年6月22日月曜日

真似る先にあるもの

何事も上達は
上手くいっている「型」を真似ることから始まる
真似ることで上手くいくことが増える

でも
じきに
壁に突き当たる
真似るだけでは解決できない問題が現れるから

いろんなことに
「合わせる」ことができなきゃ
その先には行けない

自分に
チームに
環境に
相手に

真似る先にある
「型破り」が「自分の型」になるまで
突き詰めてやらんと
本物にはならんな

2015年5月22日金曜日

絶対に違う

「ミスが起こった時にポジティブに切り替えること」と
「ミスが起こったことを笑ってごまかすこと」とは
 絶対に違う

「起こった過去は変えられない」から
「通り過ぎた過去からすぐに今その瞬間に戻ること」が必要だけれども
「起こった過去から学ばない」ものは
「同じミスを繰り返す」
 絶対に繰り返す
 絶対に

2015年5月18日月曜日

変わっていく

大学スポーツには4年間の時間がある
18歳で入学してきて1年目に19歳になり
19歳から20歳になる2年生で成人式を済ませ
21歳で最終学年を迎えて22歳で卒業していく

逃げずに挑んで
いろんな成功
いろんな失敗
を経て成長していく

卒業すると
よき相談相手にもなる

大切な4年間だな