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2018年10月6日土曜日

できない経験

春にギータを買い換えたので
このところ時間ができたら少しギターを弾く練習をする

下手の横好きで独学だからぼちぼちにしか上手くならないし
人に聞かせられるようなレベルじゃない

今は「ソロギター」というジャンルに挑戦中なので
単純なコード弾きではなくメロディーとベース音の両方を弾くタイプに取り組んでいる

youtubeで聞いてると本当に簡単な曲だし
解説を聞いてたらすぐにも弾けそうなんだけど

なんでそんなに自分の身体なのに自由自在に操作できないんだ?って思うくらい
わずかずつしか進歩しない

でもそんな
どうすればいいか頭ではわかっているのに
その通りに動かない身体と付き合う経験が

毎日の練習でとても役に立つ
というか
できないプレーにあまり腹が立たなくなった

今日は昨日よりここが少し良くなったなぁとか
これを後3回くらいやったらあのレベルまでいきそうだなとか
学生も一生懸命取り組んでんだよなとか

思うようになった

できない瞬間に突っ込むことも当然あるけれども
できた瞬間に「いいじゃない」って声をかける度合いが増えたような気がする

冬のスキーの季節にも同じような気持ちになる
インストラクターに教わる機会があるけれでも
自分の身体に染み付いた動きを変えるのはかなりの時間がかかる

どんなスポーツにせよ
コーチは教えるだけじゃなく
自分が教わる経験とか
できないことに取り組む経験とかを同時にするのがいい

そうすれば
バイオレンスを伴った指導なんて簡単になくなると思うな

2018年10月3日水曜日

好循環と悪循環の分かれ道

好循環=うまくいく→だから〇〇する(できる)→さらにうまくいく……
悪循環=うまくいかない→だから〇〇しない(できない)→さらにうまくいかない……

ってことは
好循環と悪循環とを分けるのは最初の部分の結果だ!
長いことそんなふうに勝手に思ってた

でも待てよ
そうすると
最初の結果が悪かったらずっとうまく行かないってことになるのか?
最初がそれ以降を全て決めるのか?
って疑問が湧いてくる

確かにそういった部分は確かにある

でもこのところ思うことがある
それは

好循環と悪循環とを分ける分岐点って
最初の部分を「うまくいってる」って思うか「うまくいってない」って思うかの違いなんじゃないかってこと

同じ結果でも人によってそれをどう受け止めるかは違うもの
事実は一つでも解釈は人の数だけ生まれる

好循環を回していく人って
楽観的に「うまくいってる」って思える人なんじゃないかって

そりゃ
根拠を持って「うまくいってる」って思えればそれにこしたことはないけど

好循環と悪循環を分けるのは
結果じゃなくて
その結果の解釈なんじゃないかって

だから
成功するから好循環が回り
失敗するから悪循環が回る
んじゃなくて

失敗だと思うから悪循環が回り始めるんじゃないかって


これは『「勝てる人」になる技術 奇跡をもたらすメンタル・トレーニング法
ってセブンイレブンで買った本に載ってるチェックリスト
面白い本だったので毎朝これを眺めるようにしてるけど

結局どんな本を読んでみても
「自分自身が自分自身を苦しめたり幸せにしたりしてる」ってことが書いてある

だったら簡単じゃない
だって「自分がどう思うか」なんて「自分で決めれること」なんだから

目の前に現れた結果を「他者がどう評価するか」を気にして
勝手に「失敗」にしてしまうんじゃなくて
「大丈夫」「うまくいってる」「きっとうまくいく」
って解釈していけばいいだけなんだから

好循環は誰かが運んできてくれるもんじゃなく
自分自身が生み出していけるもの

そんな風に思う

2018年9月11日火曜日

考えて考えて…単純にする

に書いたが,ストレングスファインダーで見つかった自分の強みは
学習欲・達成欲・分析思考・原点思考・内省の5項目

20代からこれまで
「考えない方が上手くいく」
「考えないようにする」
なんてことをよく「考えて」きたけれど

やっぱり自分の強みとして出てきた5つの要素のうち
分析思考・原点思考・内省の3つが考える項目で
1つが学びにある以上
自分には考えることが向いているんだと思う

そう受け入れているうちに
「考えて考えて………その結果単純にする」
「単純になるように単純になるように………考える」
ってのが自分にとって一番フィットするってことがわかった

そうしているうちに
いろんなことが繋がってきて
いろんなことの整合性が取れるようになってきた

自分と違うタイプの人間に憧れ
自分にないものを欲しがり
自分ではない人間になろうとすることが
どれほど無駄なことか
どれほど無意味なことか

50歳を通り過ぎて1年半
ほんの少しだけわかったような気がする

Life is not the way you become a person you want to be.
The best way is to become yourself.

2018年8月30日木曜日

問題の根源はいつも自分自身の中にある

変わりたいと思っている
変わった方がいいと思っている
変わるべきだと思っている

でも
変われない

そんなことは誰にでもよくあること

原因は一つ
「変わるよりも変わらない方がいい理由」があるから

変われたらどんなに楽かって意識では思っているとしても
無意識・潜在意識では変わらない方がいいから変えないって思ってる

変わらない方が自分にとっていい理由があるってことを受け入れ
それが何なのかを探るために自分自身の無意識・潜在意識と正直に向き合い
出てきた答えに納得し了解することさえできれば
一瞬で変われる

自分自身を変えられるのは自分自身だけだから

変われない理由を自分自身の外に探し出し
意識的に納得する方がよっぽど楽だし
自分自身は傷つかないで済む

問題の根源はいつも自分自身の中にある
問題を簡単にするのも
問題を複雑にするのも
全部自分自身

そう思って自分自身の思考と行動を見直すことからしか
本当の自分自身の人生は始まらなのかもしれない

自分自身と向き合う人間は弱そうで強い
自分自身から逃げる人間は強そうで弱い

そう思う

2018年8月25日土曜日

プレーヤーを「消費」する現場

スポーツをすれば
プレーヤーが怪我をすることはある

試合があれば心境は当然
プレーヤーは「出たい」
コーチは「使いたい」

だから
痛くても「出れます」って言うプレーヤーが
コーチにとっては「良いプレーヤー」になる

「根本治療しなくても対処療法で出させる」ってメディカルスタッフが
コーチにとっては「良いスタッフ」になる

これって
プレーヤーを現場が「消費」してるだけ
結果的にプレーヤーの消費期限は短くなる

この価値観はプレーヤーの価値観を育て
いずれコーチングの現場に立った時に同じ行動をとる指導者になる可能性が高くなる
「俺も〇〇でやってたよ」
って武勇伝とともにその価値観は世代間で伝達されていく

最善の努力をしたとしても
Athlete Pathwayの10,000時間の最後のステージで
怪我を承知で痛み止め飲んでも戦いの場に出ていかなければならない場面が訪れることはやはりある
そのために頑張ってきたのだから

しかし
Athlete Pathwayの初期段階や途中段階では
「やるから治癒が遅くなる」
「やめれば治癒が早くなる」
ってことを徹底することが大事なんだと思う

その価値観がプレーヤーの価値観を育て
いずれコーチングの現場に立った時に同じ行動が取れる指導者になる可能性が高くなる
「あの時の判断があるから今も競技を続けていられる」
って感謝とともにその価値観が世代間で伝達されていく

プレーヤーは消費する『物』じゃない

2018年8月23日木曜日

学生への手紙

長文ですが一読ください

AチームもBチームも夏の合宿遠征を終え
Aチームも今年は大きな可能性を秘めていることがわかりました
一方でそれを自分自身で制御できない未成熟な部分があることもまぎれもない事実でした

ここにリンクされている本ですが
Amazonのホームページで「なか見!検索⤵」ボタンから
目次,本文の一部ですが見ることができます
それだけでも十分わかることがあります
今日中に一度中身に目を通して欲しいです
この本は研究室にも置いてあります

私自身はこの本に4年前に出会いました
監督を引き継ぎ一人で始めた2015年でした
48歳の時でした

最初はそこに書いてある
「問題の根源は自分自身である」
「問題を複雑しにしているのは自分自身である」
という言葉を本当の意味で信じることができませんでした
というよりも「信じたくなかった」「目を背けたかった」という方が正解かもしれません
「問題は自分以外のところにある」「自分は精一杯やっている」
そう思っている方が楽でした
しかしそれでは問題は複雑になることはあっても解決することはありませんでした

今は「問題の根源は自分自身である」を常に意識して思考・行動するようにしています
チームに問題があるのは監督としてそれに気がつかいていないか気がついていても放置しているから
試合で成果が出ないのは監督として必要な練習ができていないから
プレーヤーが上達しないのは上達のために必要な練習を準備・実践できていないから
プレーヤーの心が不安定なのは心を整えるスキルを十分に訓練できていないから

ではどうするか
いつもそう考えます

監督として自分にできることはチームの方針を明確にし,必要な戦術と技術と体力を明確にし,その強化のための練習手段を準備し,その強化のための計画を立案して実行し,評価を確実に行い,修正を加えて行くことだけです
私にできることはそれ以上でもそれ以下でもありません

なので
私は改めて監督の仕事を見直します
4年生は4年生の仕事を見直してください
3年生は3年生の仕事を見直してください
2年生は2年生の仕事を見直してください
1年生は1年生の仕事を見直してください
スタッフはスタッフの仕事を見直してください
ガードはガードの仕事を見直してください
フォワードはフォワードの仕事を見直してください
センターはセンターの仕事を見直してください

目の前の現実を生み出しているのは誰でもなく自分自身です
自分にできることを100%自分の責任においてやってください
「できる」という自信がもてないのなら
「できる」と言えるまで練習してください
「できない」のは誰か他の人の責任ではありません
「できない」まま放置している自分の責任です
「わからない」のならば「わかる」まで考えてください
「わからない」のは誰か他の人の責任ではありません
「わからない」まま放置している自分の責任です

自分自身の責任から逃げないでください
誰か他の人の責任にしないでください
一人一人が自分の責任を当たり前のように果たすことができれば
チーム全体としての成果は必ず出ます

自分の中にある潜在的な可能性を100%引き出し
どんな時でも,どんな場所でも常に目の前に現れるようにするのは自分自身です
力を出しているのも出さないでいるのも自分自身です
誰か他の人が引き出してくれるのではないかという幻想は捨ててください
力が出せない原因がどこか他にあるんじゃないかという幻想は捨ててください
誰かが変わってくれれば自分は今のままでいられるという幻想は捨ててください

自分を明るくするのも自分を暗くするのも
自分を前向きにするのも自分を後ろ向きにするのも
全力を出し切っているのも全力を出し切れずにいるのも
成功しているのも失敗しているのも
そうしているのは他の誰でもありません自分自身です
そう選択しているのは自分自身です
自分自身の人生に対して明確な責任を持ってください

10代から20代の4年間(2年間)という人間を形成する重要な時間をLAVYSで過ごす学生が,在籍中に「自分自身に問題の根源を求める」思考と行動を身につけ,自分自身に唯一できることであり,自分自身にしかできないこと,すなわち「自分自身を自分自身で変える」経験を,一つでも二つでも達成できたと実感できることを願っています


リンクが見れない場合は
あなたの潜在能力を引き出す20の原則と54の名言
で検索して自分で確認すればいいだけです

人生は自分自身の選択の連続です

2018年8月13日月曜日

迷子にならないために


8月9日〜10日日本バスケットボール協会公認B級コーチ養成講習(@武庫川女子大学),12日ED級コーチ養成講習会(@明石南高等学校)と続けて講師をさせていただく機会を得,両講習の中で成功のピラミッドの話題を提供した

John Woodenコーチのpyramid of successを学んだのが20代前半,そこから自分自身で成功を定義してその達成のために大切にするキーワードを考え続けている

2018年夏現在
武庫川女子大学バスケットボール部の成功の定義と成功のピラミッドはversion 11 としてこんな形になっている

コーチングフィロソフィーに正解はなく
コーチが100人いれば100通りのコーチングフィロソフィーがあっていいもの

コーチの道は迷い道
道草・寄道・周道しながら目指すゴールへ歩みを進めていく道
そんな迷い道でも迷子にならないように進むべき方向を示してくれるのがコーチングフィロソフィー

自分の頭の中になんとなくあるキーワード
自分がなんとなく大切にしているキーワード
そういったものを紙の上に書き出して
構造化してみる作業

やってみて初めて気がつくことはたくさんある
正解を求めず
自分自身の価値観に正直に向き合いたい

成功のピラミッドをエクセルで作成したい方はこちらのシートをDropBoxからダウンロードしてお使いください


2018年7月27日金曜日

今こそ出発点



問い合わせがありましたので改めて
武庫川女子大学の東館入口に掲げてあるものです

大学の専門教育も
運動部のスポーツ活動も
「今」を大切にしていきたいです!

作者詳細は以下
*尾関宗園(おぜき そうせん)臨済宗大徳寺派 大徳寺大仙院住職 1932年奈良市に生まれる。 1965年に33歳の若さで住職となり現在に至る。 高齢を感じさせない豪快な迫力、優しさとユーモアにあふれる語り口で有名。
『大丈夫や!きっと、うまくいく』(ロングセラーズ)他、著書多数。

2018年7月21日土曜日

仏を彫り出す




「大学のコーチが高校生をリクルートする時って何みてるんですか?」
って聞かれることがある
そんな時はいつもこんな風に答えてる

------
プレーヤーを育てるのって
丸太の原木の中に潜んでる仏を彫り出して
仏像を創るような感じ

だから
目の前にいる高校生プレーヤー見たときに
目の前に既に現れている姿形は当然見てるけど
それよりもこの原木の中から
大学4年間でどんな仏を彫り出すことができるんだろう
ってことをワクワクしながら見てることの方が多い
-------

チームの戦績とか
今のスタッツとか
無いよりはあった方がいいのは当然だし
今既に何ができるかってことはもちろん最優先
高校カテゴリーと大学カテゴリーの最大の差はフィジカルコンタクトだから
それに耐えうる身体を有しているかは最低条件

でも
4年間一緒に過ごした学生が卒業して巣立って行くときに
入学時には目に見えて現れていなかったそのプレーヤーの中の個性が
鮮やかに掘り出され
目に見えるものになったなぁって思える時が一番嬉しい

高校生はまだまだ荒削りで原木に近い
その原木に自分が掘りたい仏像の絵を写し
その通りに削っていくような作業じゃなく
その原木の中に隠れている個性豊かな仏を
探りながら探しながらゆっくりと掘り出していく作業
そうやって個性豊かなプレーヤーが育っていったらいいな

原石を磨くって表現も好きだけど
やっぱり原木から彫り出すって表現の方が自分にはぴったりくる

素敵な個性が潜んでる高校生にたくさん出会いたいな

2018年6月9日土曜日

対戦相手は4段階

1:試合をすれば勝てる相手
2:きちんと準備をして試合をすれば勝てる相手
3:きちんと準備をして試合をすれば戦える相手
4:きちんと準備をして試合をしても戦えない相手

2の相手に勝ちきり
3の相手に競り勝つ

そんなことを繰り返しながらチームは強くなっていくのかな
2の相手に対して油断すれば足をすくわれ
3の相手に対して焦点がぼやけて協働が乱れれば大きく離される

そんなことを考えて勝手に壁を作ってんのかもしれないけれど
階段を確実に1段ずつ上がっていくのがいいな

2018年2月5日月曜日

世界一の精密機械を生み出せる国だからこそ

日本人は流行りものが大好き
今の流行りはコーディネーションなんとか……

なぜドイツで発達したのか?
それはドイツが世界で5番目に背が高い国なので
放って置くと独活の大木(うどのたいぼく)になってしまうから
必要に迫られて……
と東独の育成システムを長年研究している方から教えてもらった

そのことを聞いて以来
これまで以上に「じゃあ日本人って一体なんなんだ?」
ってずっと考えるようになった

何をやるにせよ
とにかく日本人という国民性を出発点にする

そう思って一番に頭に浮かんだのは「精密機械」「高品質」
日本人の「勤勉さ」「繊細さ」「几帳面さ」「生真面目さ」「辛抱強さ」「忍耐強さ」
そういった特性が生み出す細やかさはやっぱり世界に類を見ない水準のものなんだと思う

出来上がる製品の緻密さは
ものを作り上げる職人の緻密さであり
手順や手続きといった作業過程の緻密さであもある
そんな「手間をかける」ことができる国って他にはないのかもしれない
「効率化」なんて言葉は簡単に吹き飛んでしまう


バスケットボールは世界のスポーツ
だから目標とする戦略や戦術や技術については世界を追っかけていったらいいと思う
その部分で「ジャパンオリジナル」を探しても「ガラパゴス化」するだけで
あまり生産性がない気がする

情報はあっという間に世界を駆け巡る時代
「新しいもの」や「有効なもの」なんて
今日は通用しても明日は簡単に対応される

問題は
その目標へ「どうやって到達するか?」ってところなんじゃないかと思う
「勤勉さ」「繊細さ」「几帳面さ」「生真面目さ」「辛抱強さ」「忍耐強さ」
があるからこそ
コツコツと根本から手間暇かけて積み上げていける
日本人にしかできない時間の費やし方があるんじゃないかと思う

流行りの技術や流行りの練習方法を追っかけて上っ面を模倣するんじゃなく
基本わざは何か?
その技術の基礎技能は何か?
基礎技能のどこを変えたらどんな変形わざになっていくのか?
他の技術と組み合わさったらどんな発展わざになるのか?
そんなことをどこの国よりも突き詰めて考え
どの国よりも丁寧に時間をかけて育てていく

目標にオリジナルを求めるんじゃなくて
到達方法にオリジナルを求める

体操競技は「美しい体操」を掲げて世界のトップに返り咲いた
「美しいバスケットボール」があるのかないのかわからないが
「世界一緻密で正確なバスケットボール」なら目指せるんじゃないか
そんなことを強く考える今日この頃

でも
Made in JAPANの品質が低下し
偽装や不正が横行するものづくりに関わるニュースを見ると
日本人が本当に大切にしなければならないものを
失ってしまったんじゃないか?
失いつつあるんじゃないか?
って危機感が湧いてくるのもまた事実

また明日から
目の前のプレイヤーと向き合って
日本人らしく時間をかけていこうと思う

2017年10月10日火曜日

意識を今その瞬間に留め置く力を養成するためにコーチはどうしたらいいのか?


これは、大学のコーチング論で使うスライドの一枚。

競技スポーツに打ち込めば打ち込むほど、
勝ちたくなればなるほど、
意識は「まだ来ぬ未来」や「通り過ぎた過去」や「他者」へ飛んでいってしまい、
意識を「今その瞬間」に留め置くことが難しくなる。
ということを簡単にモデルにしたもの。

自分にコントロールできないこの3つへ意識が吹っ飛ぶと不安は増大し自信は低下する。
結果的にパフォーマンスは悪くなる。
「練習で力は付いたのに試合で発揮できなかった」なんてことになる。

これはプレイヤーにとってだけでなくコーチにとっても同じこと。

だからチームを指揮するコーチには、
自分自身の意識を今その瞬間に留め置く力に加えて、
プレイヤーの意識の居場所を見極める力や、
プレイヤーの吹っ飛んだ意識を今その瞬間に戻すことを支援するスキルが必要になる。

「試合は練習のように、練習は試合のように」という言葉があるが、
試合ではどうしても練習の何倍も勝敗や成否が気になり、
意識が吹っ飛んでしまうことが多い。
「あがり」とか「不安」とか「緊張」の類は、
自分にコントロールできないことに意識が吹っ飛んでいくことによって生じる心身の状態。

「いつも通り!」は、言葉で言うほど簡単なことではなく、
どんなレベルのプレイヤーにとっても、何よりも難しいことの一つなんだと思う。

だからこそ、
試合で今その瞬間に意識を留め置くためには、
練習で今その瞬間に意識を留め置くことを訓練するしかない。
ということになる。

全く違った話だが、
「エアコンの効いた快適な室内環境で育った子どもは体温調整の機能が育たない」
と言われる。
それは「温度変化という刺激」を与えないから、それに対する「適応」が発生しなかったということ。結果的に暑ければ体温が上がり、寒ければ体温が下がる変温動物のようになってしまう。

言い換えると、
「環境変化という刺激」が結果的に「恒常性という適応」を生み出すということ。
逆説的だが「変化」が「恒常」を生み出す。
「ストレスを取り除く」のではなく「ストレスをかけることで耐性を高める」方向性。

同じように考えると、
「結果が気にならない・成否が気にならない快適な練習環境で育った子供は、意識を今その瞬間に留め置く機能が育たない」
って論理が成立するんじゃないだろうか。

言い換えると、
「常に意識が吹っ飛んでしまうような刺激」が結果的に「意識を今その瞬間に留め置くという適応」を生み出すということ。
「ストレスを取り除く」のではなく「ストレスをかけることで耐性を高める」方向性。

これを昔は「バイオレンス」という非合法な手段を用いてコーチはやっていた。
「殴られるという恐怖」は「未来に対する不安」や「過去の失敗」や「コーチの視線」に意識を吹き飛ばす刺激となるが、その刺激が続くことによって「未来のことなんて考えてもしたがない」「失敗した過去を振り返っても仕方がない」「コーチの視線を気にしてたって仕方がない」って一種の諦めが生まれ、結果的に「どんな状況でも意識を今その瞬間に留め置く力」が育つ。

そうやって「非合法な調教」に耐え生き残ることによって無理やり意識を今その瞬間に留め置く力を育てられたプレイヤーは、試合においても意識を今その瞬間に留め置くことができるようになり、結果的に「自分にできることだけに意識を向けられる『メンタルが強い』プレイヤー」となっていった。
そんな時代だった。
そんなことが当たり前の時代だった。

時代は変わった。
でも試合時の不安や緊張は変わらない。

新体操や体操の世界で行われるいわゆる「通し練習」のように、「失敗が許されない」「成功しないと終わらない」といった設定によって、試合と同じ緊張状態を練習の中に作り出していく方法もあるだろう。

しかし、為末氏が「成長は誰の責任か」という記事の中で述べているように、
「圧力をかけて成長させる方法」は今後どんどん難しくなるのだろう。
たとえそれが「叱咤激励」というものであっても。
圧力をかける側の想いよりも圧力を受ける側の主観で全てが評価される時代。

ではコーチはどうしたらいいのか?

練習では意識を今その瞬間から吹き飛ばす敵となり
試合では意識を今その瞬間に留め置く味方となる

でもこれじゃ「いつも通り」にならない?……

答えを探しながら
今日もコートでプレイヤーと関わる

2017年7月17日月曜日

セカンドキャリアは一本道 デュアルキャリアは二本道

バスケットボールだけを一生懸命頑張って
プレイができなくなった後に何をするか?
を考えるのは「セカンドキャリア」的発想

アスリートとして続けてきたバスケットボールの一本道の先を
アスリート以外の役割で進んで行くという考え方

だから
高校受験も大学受験も
「バスケットボールの推薦で入れるところに……」
ってことになるし
就職も
「ずっと続けてきたバスケットボールに関わって働きたい」
「私にはバスケットボールしかないから」
ってことになる

でも
その先の一本道を進める人は意外に少ない

バスケットボールと専門教育の両立を頑張って
プレイができなくなった後は「◯◯」をする
を考えるのは「デュアルキャリア」的発想

アスリートとしてバスケットボールの一本道を続けることと並行して
将来を見据えたもう一本の道づくりを進めていこうという考え方

だから
「バスケットボールはここまで」
「ここからは◯◯したい」
ってことになる

結果的に「セカンドキャリア」が充実する

そうすると
大学スポーツの役割はもう一本の道づくり
大切なことはスポーツが終わるまでにどれだけもう一本の道を作っておけたかどうか

「デュアルキャリア支援」
今の成果に焦点を当てるだけではできない支援

2017年7月1日土曜日

そこからが勝負

もうむり……
もうどうしたらいいかわからない……

心が叫ぶ

お願い……
だれか助けて……

でも
人生はそこからが勝負なんだろうと思う

スポーツは楽しい
しかし
競技スポーツは厳しい

上手いと下手を
勝者と敗者を
明と暗を
鮮明に描き出す

競技場では誰も代わりにプレイしてはくれない
競技場では誰も代わりに指揮をとってはくれない

最後の最後に力になるのは自分自身で切り開いてきた道

だから
研究室のドアにはこんな暖簾をかけている

自分に対して
学生に対して
常に問いかけていくために

………………………
道はじぶんでつくる
道は自分でひらく
人のつくったものは
じぶんの道には
ならない
………………みつを

2017年6月18日日曜日

夢の話

今日のAチームは午前中にある社会人チームと練習ゲーム そこでJBAのカテゴリーの話になった 地域実業団リーグとクラブチームが同じ枠内でゲームをすることになるという話 そこで考えた 「だったら武庫川女子大学の上にクラブチームを作ればいいんだ!」ってこと 関西にはSANYOや積水といったトップリーグのチームもあったが今は廃部になりトップリーグチームがない 地域実業団リーグに参戦している社会人チームもあるが希望する卒業生に対して枠は少ないのが現実 強化のためにのゲームをしようと思えば関ヶ原を越えて愛知県へ行かなければならない 武庫川女子大学には全学的なスポーツ文化醸成を目的にスポーツセンターが設置された 新しい学科(コース)を設置しようという計画も動いている そういった流れが一つになるように夢を持てば きっと実現できる 夢に共感してくれる人が増え 夢の実現を助けてくれる人が増え 10年後には思い描く未来が来ているように 今から動こう! 関係の皆様 是非力を貸してくださいm(_ _)m

2017年6月15日木曜日

何が非連続的な成長を生み出すのか?



MWU LAVYSは
「バスケットボールプレイヤーとしての成長」と「人としての成長」
という二つの成長を目的とし
「勝利」と「熟達」
という二つの目標を設定して日々活動している

最近強く思うのは
二つの成長はどちらも「連続的な成長」ではなく「非連続的な成長」なんじゃないかなぁってこと

外から見ていて「あっ変わった」って思える瞬間が確かにある
それまでのステージとは明らかに違ったステージに上がったと感じる瞬間だ

「変わった」
「違うステージに上がった」
「飛躍した」
 ってことは本当に多い

それは「だんだんと」変わるような変化じゃなく
「瞬間的に」変わるような変化

ところが
その「結果としての飛躍」が「なぜ」起こったのか?
についてはわからないことが多い
正直言って「これが結果としての飛躍を生み出した元だ」って
50歳にもなって未だ確信をもって言えることの方が少ない

技術的な飛躍というか
「できないこと」が「できるようになる」って非連続的な成長を生み出すこと
それは「その一つの技術のパフォーマンス構造」が理解できていればなんとかなる
目標は? 今の状態は? 問題は? 原因は? 課題は? 解決手段は? 計画は? 実践は? 評価は? って課題解決型思考サイクルを回していけばなんとかなることが多い
分析的な思考スキルが中心となって機能するコーチング行動と言えるかもしれない

この記事でいう非連続的な成長っていうのは
そういった個々の技術の成長のことではなく
「バスケットボールプレイヤーとしての成長」や
「人としての成長」や
その集合体としての「チームとしての成長」
といった「全体の成長」
「勝ったり負けたりしているステージ」から
「何度戦っても勝つステージ」への飛躍

目の前にいるのは
「モノ」ではなく「ヒト」
「操作」できるようなものでもなければ
「単純な因果」で説明できるような単純なものでもない

本当は競技力を構成する「心技体」全ての要因の因果関係を理解し
競技力のパフォーマンス構造の全体像を把握した上で
「意図的に」「飛躍を生み出すコーチング」ができるのが理想なんだと思う

でも
「何か違う」って思う
根拠はよくわからないが

「何か違う思考スキル」が必要なんじゃないかって思う
「分析的思考」とは違うとすれば「統合的思考」か?
ってほど単純なことではなく

「出発点とは何か?」って思考
「原点思考」と言えるのか?
よくわからない

「目標」の飛躍を生み出す元と言ったら
「目的」の飛躍か?
 何か違う
「意志」の飛躍か?
「意欲」の飛躍か?
 ‥‥‥

よくわらかないけれども「違うステージに上がる非連続的な成長を生み出したい」
って強く思うことだけは事実

じゃあ
そのためにコーチとして何ができるのか?
何が飛躍の連鎖を生み出し結果を変えていくのか?
その出発点を見つけたい
その出発点からコーチングできるコーチになりたい

そう思ってまた明日から現場に立とう
必ず飛躍の元があるはず

2017年6月10日土曜日

ライフスキルとしての思考スキルをもった人材

学生バスケットボールはプロスポーツではない
学生は専門教育とスポーツ活動の両道を目指すもの

だからこを
専門教育の文とスポーツ活動の武を通じて
様々な社会の問題を解決していける人材が一人でも多く育ってほしいと思う

学生時代に出会う目の前の問題を解決していく経験を何度も何度も繰り返していくことによって
将来実社会で出会う問題を解決していくための力が育っていくんだとと思っている

そのためには
課題解決型思考(問題解決型思考)をスキルとして身に付けることが絶対に必要になる

25年前に
大学でお世話になった教授から教わったこと叩き込まれたこと
研究室の大学院生全員にDNAのように脈々と受け継がれていること
それは今この図となって自分の中の大切な根っこになっている

大学の4年間・大学院修士課程の2年間・博士課程の3年間
本当に多くのことを学んだが
その中でただひとつ大事なものをあげろと言われたらこの図になるんだと思う
そのくらい自分の人生にとって大切なもの

今を正確に評価でき
未来を明確に設定できる人の眼前に
問題は立ち現れてくる

今だけを見ていても
未来だけを描いていても
問題は見えてこない

問題(gap)にはそれを産み出している背景や原因があり(why)
そこからじゃあ何をすればいいかって課題が見えてくる(what)
だから問題と課題は別のもの
問題をひっくり返すだけでは課題にはならない

問題と原因の構造的な理解がキチンとできたら
「だったらこうしたらこうなるんじゃないか」って
仮説が見えてきて課題も明快に設定できる

そしたら
課題を達成するための手段を具体的に準備しなければならない(how)
手段は既にあるものの中から選択してもいいし
無いなら新しく創造すればいい

手段が準備できたら
それをいつ・どこで・誰が・どんな頻度で・どんな回数…って計画し実践してみればいい

実践したら必ず成果を評価して省察する

それって「PDCAサイクルだ」って言うとなんとなくわかったような気がするけれども
課題解決のサイクルを回すには単純な4段階では無理ってのが
コーチングを現場で続けてきた結果の自分の理解

そんな思考サイクルを
色んな問題に当てはめて考えて実践してみる習慣を
学生時代の文と武を通じて培っていきライフスキルとして身に付けていく

それが学生スポーツに本気で打ち込むことによって得られる価値の一つなんだと思う

その先に勝ちを見つけたい
それが自分のコーチングフィロソフィーの中の重要な一つの柱なのかもしれない

タフさの先にある勝負強さを求めて

勝負強さって二段階なんだろうな 
 第一段階は勝負のシュートを打つ力 
 第二段階は勝負のシュートを決める力 

経験は「過去」にある 
それでも戦いは「今」にある

「過去の違い」を超えていくには「今の練習」を変えていくしかない
タフさの先にある勝負強さを求めるには「今の練習」を変えていくしかない
そのためにも10か条のブラッシュアップが必要だな

2017年5月14日日曜日

⑩ 勝ち切る(2回勝つ) win twice

守る→相手がシュートミス
これで防御側の勝ちか?

攻める→シュートを外す
これで攻撃側の負けか?

攻撃側がシュートミスしてくれても
そのオフェンスリバウンドを取られたら再び防御側に回らされる

攻撃側がシュートミスしても
そのオフェンスリバウンドを取れば再び攻撃側に回れる

だから
攻撃側のシュートミスではまだ防御側の勝ちは確定していない
攻撃側のシュートミスではまだ攻撃側の負けも確定していない

シュートを失敗させるだけでは確定しなかった防御側の勝ちも
そのリバウンドを取り切って初めて確定する

そんな当たり前のことを考えると
「勝ち切る」ってことの意味や大切さや隠れていた勝機が見えてくる

じゃあ
ディフェンスリバウンドを取り切ったら防御側の勝ちが確定か?

そうとも言えない

「ディフェンスリバンドを取った!」と思った瞬間のボールを
スティールやダブルチームで奪うことができれば
攻撃側はまだ勝ち側に回る機会を得ることができる

「リバウンドを取った!」って安心して
不用意にアウトレットされたボールや
不用意についたドリブルを奪うことでも
一瞬で攻撃と防御を入れ替えることができる

「シュートを決められた!」って慌てたりがっかりしたりして
不用意にインバウンドされたボールや
不用意にレシーブされたボールを奪うことができれば
一瞬で2回目の勝ちを得ることもできる

ドリブルで自分のディフェンダーを「破った!」って思ったドリブラーを
次のディフェンダーが奪ったり
ヘルプに動いたディフェンダーを見て「アシスト!」って思って投げたボールを
次のディフェンダーが奪ったり

「勝った」と思う「もう一つ先まで勝ち切る」こと
「負けた」と思う「もう一つ先で勝ち切る」こと

そういった「もう一つ先の戦い」まで
日々の練習の中でどこまで追求していけるか

そんな「しつこさ」「しぶとさ」「抜け目なさ」は
持って生まれた先天的な力ではなく
日々の練習の中で鍛えることができる後天的な力だと思う

近代バスケットボールの勝負は一回きりの戦いで決まるほど単純で淡白なものじゃない

バスケットボールは習慣のスポーツ
ゲームでは「いつも通り」のことしかできない

2017年5月12日金曜日

⑨ ニュートラルボール neutral ball

バスケットボールには攻撃局面と防御局面の2局面がある

基本的にはどちらかのチームが
「ボールを保持している間が攻撃局面」になり
「ボールを保持していない間が防御局面」になる

したがって
「ボールは常にどちらかのチームに保持されている」って思ってしまう

でも
「ボールがどちらのチームにも保持されていない瞬間」はゲーム中に案外沢山出現している
「シュートが外れてボールが空間に浮いている瞬間」や
「ファンブル等によってボールが空間に浮いたり床を転がっている瞬間」だ

拡大解釈すれば
「パスでボールが空飛んでる間」や
「ドリブルでボールがドリブラーの手から離れてまた手に戻るまでの間」だって
実際には「攻防どちらのチームのボールでもない」ことになる

そうすると
「どちらのチームのボールでもない」「ボールがニュートラルな瞬間(隙間)」はゲームの中で数限りなく発生していることになる

だから
「ニュートラルボールは絶対に自分のものにする」って思っているチームとそうでないチームがゲームをすると
攻撃回数・リバウンド数・スティール数・ターンオーバー数……
などに圧倒的な差が現れる
それは単純に技術力や体力の違いってことではなく
「すきま」の勝負の差なんだろうと思う

「ふっとした瞬間」の勝負
「ちょっと気を抜いた瞬間」の勝負

そういったことを「球際の強さ」なって表現することもある

古来から「リバウンド・ルーズ」の大切さは枚挙にいとまがないほど語られてきた

じゃあ振り返ってみて
「ニュートラルボールを絶対に自分のものにする練習」や
「ボールをニュートラルにする練習」が
日々の練習の中にどのくらい組み込まれているだろうか?
どんな練習の中にも「球際の強さ」を求めているだろうか?
あらゆる「すきま」に勝負を見出しているだろうか?

ゲーム中に
どんなに口すっぱく「リバウンド!!」「ルーズボール!!」言っても無駄

バスケットボールは習慣のスポーツ
ゲームでは「いつも通り」のことしかできない